じゃむじゃむろけっと!!

じゃむじゃむろけっと!!

"モノ"と仕事と同棲…とか色々!!

ここら辺でぼくの生い立ちを伝えてみることにする

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こんばんは!! ゆーだいです。

今まで何記事か、ブログを書いてきました。

今日も普通に記事を打とうとしていたのですが、ふと…

あれ?                                 そういえば、記事は書いてるけど自分のこと何も伝えてないな。

画像の説明文
ゆーだい

と思いまして、今回は自分の生い立ちについてお話しさせてもらうことにしました!! 別にお前の生い立ちとかどーでもええわ!! なんて思わずあたたかい目で見守ってもらえるとすごくありがたいです。

 

生まれは愛媛県久万高原町の24歳!!

ぼくは、1992年に愛媛県の久万高原町というところで生まれました。

町名に"高原"てついてるの結構バカにされる。

 

久万高原町は、

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ここにあります。

愛媛県の市町村では最大の面積がありますが、人口は1万人程度で人口密度はかなり低め。

 

つまり、超ド田舎なんです!!

 

まわりを見渡しても、あるのは山と田んぼばかり。

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そんな環境なのでゲームやインターネットとは疎遠でしたね。

いつも山を駆け回ってました。

 

ちなみに…

幼稚園 年少クラス2人 → 年中クラスで4人になる

小学校 学年4人のまま、卒業(小学校は全校36人程度)

中学校 2クラスになり1クラスが40人程度になる(急に増える)

と、都会ではありえないようなクラス編成になっております。

 

少子高齢化を実感できますよ(笑)

そこらへんにおじいちゃん、おばあちゃんがいるんだから。

 

あと標高が地味に高いので、スキー場もあったりします。

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自然豊かで、のんびりとした時間が流れるいいところですよ。

 

高校から親元をはなれ、スポーツに専念する

小学校1年生から"柔道"をやっていたぼくは、中学2年生のとき、なんと県内で準優勝するという快挙を成し遂げたまたまね、声をかけてくれた県立の高校にさらっと入学。

高校が自宅から離れていたので、3年間下宿生活を送ることとなりました。

 

ぼくの入学した高校は、その時代四国大会の決勝戦まで勝ち上がるほどでした。

いわゆる、強豪校ってやつですね。

もう、普段の練習がきついこときついこと。

連休の合宿は当たり前。年に休みも2〜3日あればいい方でした。

 

上下関係というやつも、この時期に学びました。

先輩の洗濯物は当たり前で、ミスがあれば竹刀でお尻を叩かれるという"しごき"もありましたねー。

 

ただ、精神力が身についたのはまちがいなく高校時代です。

このころは筋肉もムキムキで体脂肪率も5%とEXILEばりの体をもっていました。

 

部活の成績も、軽量級ながら団体戦のメンバーに選ばれるまでに成長していましたが、2年生の秋に肘をケガしてからは、なかなかケガも治らず最後の大会も不完全燃焼に終わってしまいました。

情けねー。。。

 

そして、大事な進路決めで柔道部のコーチのすすめもあり、リハビリの先生になるために徳島の専門学校に進学するのでした。

 

勉強と実習漬けの専門学校時代

ぼくは、コーチのすすめもあり、"作業療法士"になるために徳島の専門学校に入学しました。

徳島では寮で3年間の学生生活を送り、自炊だったのでインスタントが嫌いだったぼくは自然と料理ができるようになりました。

 

学生生活も楽しかったし、今でも付き合いのある友達は専門学校時代の人がほとんどってほど、大切な友達もたくさん出来ましたが、何より勉強と実習のハードでしたね。

もともと勉強嫌いだったぼくにとってはいばらの道で、特に実習では毎日レポート&勉強に追われて発狂する勢いでした。

 

ただ、なんとか国家試験も合格し、晴れて作業療法士として大阪の病院に就職することになります。

 

社会人になって現実の厳しさを痛感し、今に至る

 さて、ここまで長々と生い立ちをつづってきましたが、大丈夫でしょうか?笑

あと少しなので読み切っていただけるとありがたいです。

 

やっと社会人になり、しかも医療職についたことで 周りからは

 

「医療職ならこれからも安泰だね」

「ゆうだいくんも"先生"になるんだね」

「期待してるよ」

 

など、少しチヤホヤされ、ぼく自身も頑張っていい先生になるぞ!!と意気込んでいました。

 

まだ、あのころは…

さあ、いざ仕事を始めてみると、日々の業務の上に勉強もしないといけない。

成り行きでなんとなくこの職業についたぼくにとって、仕事の内容はそこまで興味を持てるものではなく、あまり勉強もすすみませんでした。

 

そして、上司に気をつかわないといけない人間関係や、常に理論と根拠を求められるこの業界にストレスを感じ始めました。

 

"なんで俺ってこの仕事してるんだろ?"

"人生一度きりなのに、このままでいいのかな?"

 

そんな考えが毎日頭をよぎり、ストレスを発散するために好きな服や靴を買い、友達とも遊びまくりました。

 

その結果、クレジットカードを使いすぎて毎月7万円を返済しながら今に至ります。

その時の話はこの記事をみてもらえたらわかります。

 

www.yudaiohira.com

 

いやー、クズやな。

 

今までを振り返って思うこと

今回、生い立ちを振り返ってみて思ったことは

・好きなことを仕事にしたい!!

・時間に縛られたくない!!

・対等な人間関係の中で仕事をしたい

ってこと。

 

そもそも、父が好きなことをしつつ、自分のペースで仕事もしていたので、親の影響もあるかもしれませんが、仕事って本来そういうものだと思っています。

 

そう考えたら自分が、会社で働くって無理な話だと思うし、苦痛でしかないということ改めて気づきました。

そして、ぼくは会社に守ってもらうより、責任は自分で取るから好きなようにやりたい人間だということにも気づきました。

 

先ほども話したように、ぼくにはクレジットカードの返済という枷がありますし、専門学校の奨学金も残っています。

しかし、我慢もそろそろ限界なので、奨学金は置いといてクレジットカードの返済が終わったらすぐに退職しようと考えています。

 

そこから何をするか…

 

だから、フリーランスを目指してます!!

 

自由な時間に好きなことでお金を稼ぐことができるから。

そして、その自由になった時間を使って、もっと色んなことにチャレンジしたいんです!!

人生1回きりだから。

多分、この話をすれば大半の人は無理だとバカにするでしょうし、せっかく安定した職についているのにもったいないと思われるでしょう。

 

でも、誰がなんと言おうと関係ないです

ぼくから言わせれば、安定に落ち着くことほど面白くないことはないですから。

逆にみんなはこの状況に何も感じないのかなとすら思います。

 

もちろん、フリーランスになるのは簡単なことではないと分かっています。

でも、やってみないとわからないし、実際、ぼくは今楽しくブログを書くことができています。ブログに関して調べることも苦痛に感じないです。

 

今後は、退職までのリミットを決めているのでそこまでにブログを収益化することを目標にしています。

 

長々と書きましたが、この記事を見て少しでもしゃーないなー応援してやるか!!って思ってもらえれば幸いです。